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  • 2012.12.12 Wednesday
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これまでの治療経過

現在の状況

downに書いたとおり、2回のリンパ球移植が終わりました。
明日、3回めを予定しています。

5月末に採卵したのですが、その周期は24日目で生理がきてしまいました汗 そしてその後は低体温まっしぐら〜〜ジョギング
採卵後なので、ホルモンバランスがかなり崩れているようです。

ということで先日病院へ行き、7/4からドオルトンを服用しています。
高温期3日めの7日からブセレキュアを開始しました。
本当はもう1周期空ける予定だったのですが、リンパ球移植を終了したすぐ後に卵ちゃんを戻した方が、抗体が安定しているということで、お迎えの準備を始めています。

ドオルトンを飲み終わり、生理がきたら、内膜を厚くする貼り薬を始める予定です。凍結胚移植は始めての経験なので今からちょっと緊張しています。

今度からは現在進行形で、不妊治療や日記を書いていこうと思います。
  • 2006.07.09 Sunday
  • 18:55

これまでの治療経過

リンパ球移植

リンパ球移植は2週間おきに4回行われます。通常、それで抗体ができると言われていますラッキー
病院から紹介状を貰い、リンパ球移植を行う産婦人科に旦那っちと一緒に行って来ました。

まず旦那っちの血液検査を行いました。輸血と同じなので、なにか感染症等が見つかれば移植はできません。結果は2週間後、こちらから病院に電話しました。まさか、まさか何かあるとは思わなかったんですが・・・あせあせ

    『えーっと、クラミジアが陽性でしたー。』

ひえっっっ〜〜〜〜〜〜Σ(・ω・ノ)ノ まさに寝耳に水でした。
だって、今までわたしは何度も血液検査を受けてきたわけだし。それでクリアしてきたのに、何でおや?

よく話を聞くと、クラミジアには2種類の型があり、人に感染するのとそうでないのがあるとか。旦那っちのは移らない方でした。

クラミジアって結膜炎の菌だって知ってました?? 旦那っちは高校生の頃、ひどいはやり目になったそうです。それこそ目やにで目が開けられないほどの。その菌が身体に残っていたようなのです。
旦那っちは抵抗力が強く、クラミジアの抗体に身体が勝っていたため、人には移らない型となったようです。

感染力がないということで、治療を受ける必要もなく、予定通りにリンパ球移植を受けられることになりました。とりあえず一安心ですたらーっ

おはな1回め  まず旦那っちが朝9時に病院へ行き、採血をして、リンパ球を採り出します。
そして2時間後、今度はわたしが病院に行き、そのリンパ球を皮下注射で3ヶ所に分けて、注入〜。

痛いのなんのっっ悲しい HMGなんてじゃないです。
肘から手の内側に注射したのですが、次の瞬間に真っ赤に腫れあがりました。
そして、身体がだるくなり、めまいがしました。わたしの中で、旦那っちの抗体が暴れているようでした。
それは1日中続きました。翌日には体調は良くなり、注射の跡は虫刺されのようになりました。

病院から注射3ヶ所の24時間後、48時間後の腫れ「たて×よこ」をメモしてくるように言われたのでチェック_〆(。。)
抗体ができてくるとこの腫れが小さくなるそうです。ちなみに2日後から本当の虫さされのように、かきむしりたくなるほどのかゆみが出ました。

おはな2回め  1回めから2週間後、1回めと同じ要領で行いました。
違ったことは、まず1回めは1日中グッタリ下向きでしたが、2回めは2〜3時間で復活っっグッド

注射の腫れは、2回めの方が0.5僂曚病腓くなりましたあせあせ    
  • 2006.07.09 Sunday
  • 18:31

これまでの治療経過

6回めのIVF

さて、同種免疫異常と診断されてから初めての体外受精。
今回は胚盤胞まで育てて、凍結させなければなりません。そのためには質の良い卵を5個くらいは採卵できなければなりませんあせあせ

でもねーー、わたしって今まで胚盤胞まで育ったことないんですよねー。どんなに努力しても、頑張ってもこればっかりはしょうがないです。
とりあえず、数で勝負か??

今回の採卵にあたり、病院から勧められた糖鎖のサプリを飲み始めました。これが高いのなんのって。1セット18000円位だったかなー。それを2セット買いました。でもコレ、初回価格で今度また買うときは3万円弱になるって言われましたーーびっくり
でも、これを飲むと卵巣が若返ってかなり良い状態になるって言うしね。

前回のウルトラロング法がどうも身体に合っていないということで、今回はショート法にしました。
すると、わたしもびっくりΣ(・ω・ノ)ノです。誘発すると卵胞が順調に成長して、数も5個以上できました。こんなに順調なことは今までありませんでしたー。
そして周期13日目、採卵することになりました(人´∀`).☆.。.:*・

    結果・・・採卵9個のうち空胞7個、不良胚2個

       ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!!!!

わかってたけど、そんなにうまくいくはずないってわかってたけど、順調にぬか喜びさせといて、この結果ですポロリ
結局、その不良胚2個が成長することにかけるしかありませんでした。

 受精確認・・・1個next×  1個next受精

 分割確認・・・G3〜G4で分割

分割確認のために病院に行ったのですが、そのときに先生となぜ今回このような結果になったのか、話し合いました。
ホルモン負荷テストではストレスはないと診断されたものの、もしかしたら反映されてないだけで、かなりのストレスがかかってるのではないか、と言われ、急遽、酸化ストレス検査をしました。これは採血をして20分くらいで結果が出ます。

   結果 酸化ストレス  417U.CARR (強度の酸化ストレス)
        抗酸化力    2176  (ボーダーライン)

 これは酸化ストレス状態が抗酸化力によって相殺されている状態で、改善をしないと問題がでてくる可能性があるということです。つまり、かなりストレスを感じてるけど、それを抗酸化力が抑えてる状態ということ。
抗酸化力は、散歩や緑黄色野菜を摂ることによって上昇するとされ、わたしの場合は毎日2回マシュの散歩をしているので、そのためにストレスが抑えられていたようです。

でもこの酸化ストレスの数値はとても高いので、このせいで卵の成長が妨げられたことが考えられると先生は仰ってました・・・あせあせ


とりあえず、卵ちゃんは頑張って分割してくれてるので、day5まで培養を続けて、凍結に耐えられる状態だったら、そのまま凍結。そうでない場合は、子宮に戻すと言われましたポロリ
今、子宮に戻しても当然、わたしは妊娠できません。そうならないように祈るしかあまりせんでした(‐人‐)

緊張して、病院からの電話を待ちました。約束の10時になっても電話は来ません。あきらめかけた10時半・・・。やっと電話がなりました。看護士さんからでした。

   『G3で凍結できたよー。よかったねーーー。』
わたしは涙が止まりませんでした。たった1個の卵ちゃん。不良胚と言われながらも、受精してくれ、G3〜G4で分割、そしてG3まで成長してくれたのです。

これでわたしは無事にリンパ球移植を受けられることになりました。
  • 2006.07.07 Friday
  • 09:54

これまでの治療経過

同種免疫異常

4週間経ち、不育症の検査結果を聞きに行きました。
診察室に呼ばれて行くと、先生が検査結果の紙をじっと見つめていました。

結果、染色体やNK細胞は異常ありませんでしたが・・・。
MLCが、リンパが・・・・

            −200%

という数値でしたポロリ 基準値は+22%以上です。
先生が今まで見た中で一番悪い数値だということで驚いていましたあせあせ

前にもお話したとおり、MLCはほとんどの人がひっかかるそうです。ただ通常−50%以上の人は妊娠を継続できるそうです。

同種免疫異常といいます。夫婦間のリンパ球の型が似ているほど、数値はマイナスになります。つまりわたしと旦那っちの型がよく似ているということです。

この世に生きとし生ける全ての者は、子孫を残そうとします。あらゆる困難に立ち向かい、生き抜いて行けるように、より多くのいろんなリンパ球の組み合わせの子孫を作ろうとします。
だから同じ型のリンパ球を持つもの同士の子供は身体が拒否るのです。同じ人間は必要ないと母体が胎児を攻撃してしまうのです。悲しいけど、それが種の保存という宿命だから。

簡単にいうと『身体が近親の子供だと判断してしまう』ということです。

これには免疫療法である『リンパ球移植』が有効とされています。夫の血液からリンパ球を採り出し、それを妻に注射で直接移植し、抗体を作るというものです。また、漢方の柴苓湯(サイレイトウ)を処方する病院もあるようです。
ちなみに、MLCの結果、−50%以下の人は「免疫療法を受けた方がよい」とされ、−100%以下の人は「必ず実施する」ということになってます。つまりわたしは必須です。

つい最近までは、3時間以上かけて大学病院に行かなくては、この治療受けることが出来ませんでした。また2回以上胎児が確認されてからの流産をしていないと移植を行ってはいけないというルールもあったそうです。
しかし、それでは着床障害や化学流産で悩んでいる人が可哀想ということになり、民間の病院でも実施できるようになったそうです。ただ今でも、国立の大学病院等ではルールが守られているそうです。

この病院ではリンパ球移植は行われていないのですが、幸運なことに近くの産婦人科で行われていることがわかり、わたしは紹介状を書いてもらい、そこへ『リンパ球移植』のみの治療をしてもらうことになりました。

後からわかったことですが、わたしは抗核抗体も40倍でギリギリアウトでした悲しい でもこれはアスピリンを服用すれば問題ない範囲だということです。

これからの流れとしては、採卵next全卵凍結nextリンパ球移植next抗体ができたところで凍結胚移植 ということになります。

ということで6回目のIVFの準備を始めました。
  • 2006.07.06 Thursday
  • 15:54

これまでの治療経過

不育症検査

不育症検査はこの病院内ではやっておらず、第3者の検査機関に血液サンプルを送って行いました。
よって保険は効かず、全部で6万円弱かかりますが、不安材料は全て取り除いておきたいと思い、出来る検査を全てやりました。

よつばのクローバー染色体検査・・・夫婦の先天的な染色体異常の検査

よつばのクローバー自己抗体検査・・・抗核抗体等の有無

よつばのクローバーNK細胞の活性検査・・・ナチュラルキラー細胞。血液一般凝固・クラミジア等の検査

よつばのクローバーMLC・・・夫婦間のリンパ球の型の相性の検査

わたしが受けたのは以上の検査です。通常のいわゆる流産検査セットです。
通常MLCの検査は、NK細胞でひっかかった人だけ受けるのですが、今までこの検査をして基準値をクリアした夫婦は1組しかいないということ、また、検査結果がでるのが4週間後で、それからまた検査するともう4週間結果を待たなくてはならないことから、最初から全部受けることにしました。

途中、旦那の血液が運搬最中に凝固してしまい、再検査になるなどのトラブルもありましたが、それは追加料金を取られることもなく済みました。(←って当たり前かっ)

検査結果を待っている4週間は、何か見つかってほしいという気持ちと、何もなければいいなという気持ちが交錯していました・・・[:がく〜:]
  • 2006.07.05 Wednesday
  • 18:31

これまでの治療経過

2度目(?)の化学流産

そして運命の判定日、期待と不安を胸にいざ病院へ。
尿検査と血液検査をし、結果が出るまで約1時間待合室で待ちました。
そして、呼ばれて診察室へ行くと・・・、

『うーん、惜しかったねーーーー。』

その一言で大体察しがつきましたポロリ
尿検査は薄ーーい陽性。そして妊娠ホルモンであるHCGは5以下でした。
妊娠の可能性がある場合は最低でもHCGは10以上なければなりません。
一度着床したものの、離れてしまった化学流産の可能性が高いとのこと。でもまだHCGの反応があるので、一応1週間後に生理が来なかったら再検査しましょうということになりました。
それまではできるだけ安静にしてくださいと念を押されました。

実はET3日後に外にごみを捨てに行く際、思いっきり転んでしまったんです。看護士さんにそのことを話すと、「もしかしたらその時に離れてしまったのかもしれない」と言われ、自分を責めました悲しい

それでもまだお腹にいるかもしれない卵ちゃんを信じて、1週間ミラクルを祈り続けました(‐人‐) そして運命の日・・・。結果、HCGは更に減少し、化学流産が確定してしまいました(ノω・、)シクシク


2度目の化学流産。もしかしたら今回は転んだからダメだったのかもしれない。でも、わたしにはある不安がありました。
1回めのIVFも化学流産。そして判定がなかった、あと2回のIVFは突然の謎の発熱のあとに撃沈・・・。
何かがおかしいと思ったのです。わたしの中で何か起こってるんじゃないかって。

わたしは思い切って、不育症の検査をしたいと病院に申し出ました。
  • 2006.07.04 Tuesday
  • 15:30

これまでの治療経過

転院後、初のIVF

2005年12月からカウフマン療法を始め、年明けの高温期からブセレキュアを開始。ウルトラロング法でIVFをすることになりました。
前の病院では点鼻も体外の料金に含まれていたのですが、この病院では別。1本13000円を2本使うのでかなりの痛手ですモゴモゴ

いよいよリセットされ、誘発の注射を開始。前の病院との決定的な違いは、こまめに採血をしてLH等の数値を確認し、それによって誘発の薬を変えるということでした。前の病院はどうやって誘発の薬を決めていたんだろう!?
・・・謎です(-ω-;)ウーン

転院して心機一転! きっとこれで順調に妊娠できると思っていました。
でもそう簡単には進みませんでした。
まずどんなに誘発しても卵が1個しかできませんでした。しかも成長も遅い・・・ひやひや
先生曰く、『前の病院でキツい誘発を続けたせいで、年齢の割に卵巣が早く老化していることが考えられる』とのことでしたポロリ

もう一つ考えられるのは、4回めのIVFでたくさんできた小さい卵胞を採卵しなかったこと。それが残留卵となり、どんなに誘発をかけてもその古くて質の悪い卵しか出てこない可能性があるらしいのです。

どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・。悔しくて悔しくてしょうがありませんでした。
もっと早く転院していれば・・・と後悔ばかり先に立ちます。でも考えてもどうにもなりません。わたしは今の自分に出来るだけのことをしようと思い、不妊に良いと言われる、ルイボスティや青汁などを飲み、身体を冷やさないように努力しました。

その頑張りが効いたのか、卵の成長とともにE2の値もギリギリで急上昇し、結果3個の卵を採卵することができました。
周期21日目のことでした。

かわいい採卵できた3個の卵は可能性にかけ、ICSIすることになりました。
 受精結果 1個next未成熟卵で培養するも×
       1個next顕微で針を刺す際に、殻が破れてしまい×
      残り1個next受精〜〜〜ワ――ヾ(o・ω・)ノ――イ

受精した1個の卵は無事に分割し、day3にETすることができました。グレードは聞きませんでしたが、十分に妊娠可能な胚だと言われ、わたしは期待に胸を膨らませましたラブ
  • 2006.07.03 Monday
  • 15:41

これまでの治療経過

そして転院へ

4回めのIVFが撃沈、リセットされてすぐに決めていた転院先にメールを送りました。
すると検査があるので、『生理3〜5日に来て下さい』と返事が来ました。

これは後から知ったことですが、前の病院からこの病院へ転院する人が非常に多く、今までどのような検査をして、どんな検査を受けていないのかということを病院側がよく知っていたのです。

紹介状を持って転院したワケではないので、今までの経過を担当の看護師さんに説明した後、緊張して院長先生に会いました。
先生はわたしの治療歴を見て、
今までよく頑張ってきたね。これからは一緒に頑張っていこうね
と言ってくれました。本当に涙が出るほどうれしかったです。・゚・(ノ∀`)・゚・。

初診の日にホルモン負荷テストを受けました。
この検査によりPCOSや、潜在性高プロラクチン等がわかります。わたしの結果はE2の値が少々低いものの、全く問題がないとのことでしたわーい
ストレスを多く感じている人ほど潜在性高プロになりやすいのですが、わたしの場合は全くストレスを感じていない数値でした。
不妊でここまでの数値は『100人のうち3人』と言われましたあせあせ
それはわたしにも不思議なことでした。度重なる撃沈、義母との同居でストレスも最高潮まだ来ていると思っていたので。
でも少なくとも、わたしの身体はストレスを感じていなかったようなのです。

生理が終わった後、子宮鏡で子宮の様子を見ましたが、これも全く問題なしグッド
今までIVFを何度もしてきたとは思えないほど、きれいな状態の子宮だと言われました。ポリープも無く、内膜の状態も問題なし。
わたしの治療歴から言うと、一度ソウハをしてきれいにリセットした方が着床しやすいと事前に言われていたのですが、その必要もないとのこと。

この結果を経て、1周期カウフマン療法で卵巣を休めた後、すぐにIVFをすることになりました。
  • 2006.07.03 Monday
  • 00:19

これまでの治療経過

転院のきっかけ

正直、わたしは転院することは全く考えていませんでした。
この病院を選んだのも、姉の紹介からです。
姉は高校生のときに過激なダイエットをして月経が止まり、その後復活したものの、無排卵になってしまい、それを治療して、無事に2人の子供に恵まれました。
その経過を知っていたため、この病院に最後までお世話になろうと治療を始める前から決めていたのです。それだけ信頼もしていました。
でも、治療を進めて行くにあたって、いろいろ矛盾を感じるようになっていきました。

まず、卵管のこと。卵管造影をして一時は通った卵管。でもタイミングで頑張っていた1年の間に癒着は進み、自然妊娠ができない状態にまでなってしまったこと。
半年ダメだったらラパロをすると言った事も実行されず、通水も1年経過してから行った。
この1年の間に、もっと何か出来たことがあったんじゃないかって、どうしても思ってしまうのです。ただ卵チェックして、タイミング指導のみだった日々。20代の大事な1年をただ癒着を進めるために無駄に過ごしてしまったような気がするのです。

先生への不信感。1回めのIVFに撃沈し、ようやく基礎体温も元通り復活したので、何ヶ月ぶりかに病院を訪れたときに、カルテを見ながら、『何だっけ?』と軽くジャブ。そしてパラパラめくり、卵管造影のレントゲンを見ながら、『あーー、これなら体外受精した方がいいかもねーー。』と一言[:がく〜:]
わたしはびっくりΣ(・ω・ノ)ノして、何も言えませんでした。すぐに看護師さんが助言してくれたものの、わたしにあやまりの言葉もなく、先生はただ笑っていました。こんなことが数回ありました。

助産婦さんの心無い言葉。4回めのIVFは採卵数こそ少なかったものの、卵胞は10個以上できていたためにOHSS気味になっていました。
ETしたものの、先生から何か身体に異常があるようだったら、すぐに言うように言われていました。
ET後どうしてもお腹が張るので、HCGの注射に行ったときに、ちょうど担当してくれた助産婦さんにそのことを伝えると、先生に確認するでもなく、『ガスでも貯まってるんじゃないのー』と軽く言いました。

そして、体温表を見せたところ、『あーー、ガッタガタだねー。こんな体温にならないようにHCGの補充してるのに』とまだ判定まで日数があるにも関わらず言い放ったのです。しかも、36.85℃〜37.00℃の間を推移して、わたしにとっては順調な高温期だったのに。
その上、『まぁ、あと10日以上生理が来なかったら、判定にきて。あんまり早くこられても、こっちも困るからー』と笑いながら言いました。
お腹が張って苦しいのに調べてもくれず、心に突き刺さるような言葉を突きつけられて、わたしは本当にその場で泣きたかった・・・[:がく〜:]

今から考えると、他にもいっぱい辛いことや納得できないことがありました。結局、最後の助産婦さんの言葉が決定的になり、リセットとともに、転院する決意をしたのです。
  • 2006.07.02 Sunday
  • 16:20

これまでの治療経過

3.5回のIVF・・・

この病院では特に『判定日』という日を設けていませんでした。最後のHCG補充後、高温が保たれて、リセットされなければ病院に行くという形でした。

きのこオレンジ1回めきのこオレンジ
2004年5月〜 自然周期法
 1個採卵next受精nextday3にET(8分割くらい)
 順調に高温を保つ。初めてということもあり、病院から妊判にくるように電話がくる。
 かわいい結果→尿検査のみ。薄い陽性。一度着床したものの、化学流産との診断泣き顔

きのこレッド2回めきのこレッド
2004年11月〜 ショート法
 6個採卵next3個受精nextうち2個のグレードが良かったため胚盤胞まで培養することしに、残り1個をday3にET。2段階移植を目指す。
 ところが、その2個の卵が途中で分割を停止してしまったため、2段階めのETを断念。
 かわいい結果→順調に高温を保つものの、病院に行こうと思った矢先に突然原因不明の高熱(38.0℃)がでる。翌日、体温が急低下。リセット泣き顔

きのこグリーン3回めきのこグリーン
2005年7月〜 ショート法
 点鼻・誘発を行うものの、卵の成長が思わしくなく、採卵中止下向き
 病院の好意により、この分の注射・投薬代は全て保険扱いにしてもらう。
 採卵直前まで行ったものの、かかった金額は1万5千円弱。

きのこブルー4回めきのこブルー
2005年11月〜 ロング法
 ショート法の前周期に飲むプラノバールが身体に合わないため、わたしから提案し、ロング法にしてもらう。
 4個採卵next1個受精nextday4にET(桑実胚)
 かわいい結果→2回めと経過がほとんど同じ。順調に高温を保つものの、突然高熱が出て、翌日体温が急低下。リセット泣き顔


病院の方針により、IVFのリセット後は自然に身体が戻るのを待ち、基礎体温のグラフが2周期以上IVF前の順調なモノに戻るまで、次のIVFに臨めませんでした。
その間、無排卵になったり、不正出血があったりし、IVFの間隔が空き、2年弱で4回しか挑戦できませんでした・・・。
 
 
  • 2006.07.01 Saturday
  • 21:36